Laurent Garnier

「10歳になる頃には、自分の部屋がナイトクラブのようになっていた。ストロボと色付きのスポットライトが壁に並び、勿論のことミラーボールとDJブースとダンスフロアがあった。ボタンを押せば数百の白い星達が壁を駆け巡った。その時からの夢だったんだ。人を躍らせるということがね」 2015年に初めて英語で出版された自伝的小説Electrochocより (邦訳 『エレクトロ・ショック』 は河出書房新社より刊行)

その後、ガルニエはこの惑星を30年もの間踊らせ続けた。あまり語られることはないが、現在ではフランス政府より芸術文化勲章も授かり、バレエの舞台音楽、映画のサウンドトラックのプロデュースなど天才音楽家としてしかるべき活動をしている。したがって必ずしも人躍らせるためだけの活動をしているわけではないのだが、Time Warp、Sonar、Coachellaなどの大きなステージは勿論、ベルリンのberghain、ロンドンのXOYO、ブルックリンのOutputなどアンダーグラウンドの聖地には必ず戻り、30年前の夢をいまなお実行し、その伝説は今なお生き続ける。先述の自伝的小説の映画化のために奔走するため、かつて伝説を共に築いた盟友や、積極的にツアーをこなす多くの若き才能たちよりもブースに立つことが少なくなってしまった現在でも、近頃はやりのDJのトップランカーとして、その名前は堂々と上位に君臨している。
アシッドハウスムーブメントのまっただ中のマンチェスターで一躍有名になったのち、ホームグラウンドパリではナイトライフそのものをクリエイトしてきた。 文化の現代史的にも世界中で重要な痕跡をのこしてきたこのエレクトロニックダンスミュージックのパイオニアのサウンドを言葉で表現するのはたやすいことではないのだが、デトロイトテクノをソウルに刻みつつも、ジャズ、ディスコ、ハウス、アフリカングルーヴ、ジャングル、ダブステップ、ベースミュージックなど様々なサウンドが魔法のようにブレンドされ、いつしか、ロラン・ガルニエのサウンドとなってダンスフロアは包み込まれていく。愛と希望に満ち溢れていたあの頃からダンスフロアにもずいぶんと長い時間が流れたのは事実である。ダンスミュージックはアートになり、そしてポップスになった。あるDJは伝説になり、またある人はジョークになった。時代は変わり、流行は勿論、そこを取り巻く人たちの姿も変わった。しかし、ガルニエがブースに立つとき、そこにはいつもと変わらぬ彼のライフサウンドが舞い降りるのである。ガルニエの夢をもう一度一緒にみよう。インスピレーションは約束されている。3年ぶりとなる、来日公演がいよいよ実現する。